

若いころ、金がなかった。
財布には小銭が転がるだけで、昼飯を抜くことも、交通費を惜しんで何駅も歩くことも当たり前だった。
時間より金を大切にするのが、あの頃の“正義”だった。
地下鉄に乗れば10分で着く距離を、汗だくになりながら1時間かけて歩いた。
たった200円を惜しむために。
だが、時は容赦なく過ぎた。
失ったのは、金じゃなかった。
失ったのは、かけがえのない「若い時間」だった。
何かを手に入れるために何かを差し出すのが生きることだというなら、
あの頃の俺は、目に見えない「未来」を安売りしていたのだ。
やがて、体に異変が現れた。
歯が痛んだ。
だが、金を惜しんで、応急処置だけで済ませた。
その結果、数年後には抜歯が必要になり、
さらに何倍もの時間と金と痛みを払うことになった。
皮膚に違和感を覚えた。
軽い水虫だろうと放っておいた。
だが、かゆみは日常を壊し、
集中力を奪い、
やがて見た目すら変えていった。
体は待ってくれなかった。
無理がきくのは若さの特権じゃない。
無理を続けた者に、未来はない。
教育にも、俺は遅れて飛び込んだ。
本当はハワイに渡ったあの日、
すぐに大学院に進むべきだった。
だが、
「もう歳だから」
「金がもったいないから」
「今さら勉強なんて」
そんな声を、自分で自分に浴びせかけた。
そして数年後、後悔の沼に沈んだ。
結局、40代半ばで腹をくくり、大学院に進んだ。
それが人生を変えた。
学びは、未来への最大の投資だった。
あのときの躊躇が、どれほど俺の時間を削ったか。
金を惜しんだ代償は、
何倍にもなって人生に跳ね返ってきた。
旅でも、同じだった。
安さばかりを追い、格安航空券に飛びついた。
深夜発、早朝着、不便な空港。
身体も心もすり減り、旅先で倒れたこともある。
たかが数千円の差で、
命を、経験を、楽しみを削っていた。
今ならわかる。
金で買える「快適さ」は、単なる贅沢じゃない。
未来の自分を守るための、最低限の武装だった。
だから今、
はっきりと言える。
金を惜しむな。
惜しむべきは、
お前自身の「人生」だ。
治療費を惜しむな。
学びを惜しむな。
旅の快適さを惜しむな。
会いたい人に会うための交通費を惜しむな。
伝えたい言葉を届ける手間を惜しむな。
金は減る。
だが、取り戻せる。
人生は、
一度失ったら、
二度と取り戻せない。
あの頃の俺に言ってやりたい。
「節約とケチは違うんだ」と。
「生きることをケチるな」と。
未来の自分に後悔させないために、
今、惜しまず生きろ。
金じゃない。
人生を、惜しめ。
