Home

LIFE ESSay 『部屋の隅に置き去りにした恋』MAY 17.2025-Mor.Saturday

恋が終わった、というより、 恋のまま、時間に置いていかれた感じだった。

そういうの、きっとある。
終わったことにする勇気もなく、
ずっと片隅でくすぶって、
煙だけあげてるような恋。

私はその恋を、部屋の隅に置いたまま、 新しい誰かと付き合ったり、 髪型を変えたりしていた。

だけど、帰ってくると、 やっぱりそこにあって、 黙って見ている。 私のことを、責めるでもなく、 期待するでもなく。

ただ、じっとしていた。


大学時代の恋だった。 彼は、特別イケメンでも優しくもなかったけど、 一緒にいると妙に気持ちが落ち着いた。

外食しても、無言でも平気だったし、 寝落ちしたときに、靴下脱がせてくれるような人だった。

要するに、“生活になじむタイプの男”だった。

だけど、いつからか私は、 もっと刺激が欲しくなった。

「一緒にいるだけじゃ、満たされない」 そんな気持ちを、ちゃんと口に出せずに、 少しずつ、距離をあけた。

彼も何も言わなかった。 たぶん、気づいていたのに。

ある日突然、連絡を断ったのは私だった。 未読スルーして、ブロックして、 そのまま。


それから数年。

私はいくつかの恋をして、 何度か泣いて、 今は、まあまあ普通の生活をしてる。

だけど、 部屋の隅に置いたままの、
あの恋だけは、 いまだに片づけられないまま。

画像

クローゼットの奥、 引っ越しのたびに見つかる彼のTシャツ。
いっそ捨てればいいのに、 なぜか捨てられない。

そこに“罪悪感”があるわけでもない。 ただ、“未了感”が、ずっと居座っている。


この前、ふとスマホを整理していたら、 彼とのチャット履歴が復元された。

最後のメッセージは、 「気をつけて帰ってね」だった。

あまりに普通すぎて、 それが胸に刺さった。
私は、彼に何も言わなかった。

ちゃんと「ありがとう」とか、 「さよなら」とか、 「好きだった」とか、
そういう基本の言葉を、 ひとつも置いてこなかった。

だから、あの恋は、 今も部屋の隅で、 中途半端に座ってるんだと思う。


いつか、本当に“掃除”できる日がくるのかな。 それとも、誰かと暮らすようになったら、 自然に消えてくれるのだろうか。

わからない。

でも、今は、 「ごめん」と「ありがとう」を、 心のなかで何度も繰り返している。

聞こえていないのはわかってる。 だけど、そうするしか、できない。

(了)