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PERSOna Essayist Special『あなたはひとりじゃない ― ラジオ深夜便35年の物語』MAY 13.2025-Nit.Tuesday

「人間って、声だけでも、抱きしめられるんだね。」

それは、母が最期に残した言葉だった。


午前1時5分。
部屋の明かりを落として、ただラジオの声だけが空気を震わせていた。



眠れない夜だった。というより、眠ってはいけない夜だった。

母の呼吸が小さく、でも規則正しく揺れている。
その横で私は、何度も何度も繰り返される夜の沈黙に、怖さを感じていた。


だけど、あの声が、救ってくれた。
「こんばんは。ラジオ深夜便の時間です──」
たったそれだけで、なぜか泣けてしまった。


この番組は、35年間も“眠れぬ者たち”のそばに寄り添ってきた。


病室の中で、
一人暮らしのアパートで、
失恋の夜、
介護の合間、
夜勤明けのベッドの上──

誰にも気づかれないまま流れていく時間に、
声だけが灯りのように寄り添っていた。


“誰かが、どこかで、自分のためだけに話しかけてくれている。”

それは、孤独を抱えて生きる者たちにとって、
祈りにも似た救いだった。


私は思う。


なぜ、人は声に癒されるのか。
なぜ、画面のないその「間」が、こんなにも温かいのか。

きっとそこには、“聞こうとする姿勢”があるからだ。


ラジオは、聞き手に語りかけながら、同時に“耳を傾けて”いる。それは対話ではなく、“共鳴”なのだ。


あなたが眠れない夜は、
誰かもまた、眠れない夜を過ごしている。


そして、その誰かが、あなたにこう呼びかけている。「今夜も、聞いてくれてありがとう」


「ラジオ深夜便」は番組ではない。


それは、夜の声で編まれた、人間の記憶の集積なのだ。


今も時折、ラジオをつけて耳を澄ます。


それは、母の声の残響を探している時間かもしれない。

そして私は、今日も願う。

声には、心を運ぶ力がある。
目に見えない想いが、深夜1時に、誰かの胸をノックする。


沈黙のなかでしか聞こえない“声”がある。



そしてその声に、人生を救われる夜も、確かにある。

──孤独を知るすべての人へ。