
時間は、静かにすべてを変えていく。 優しく、時に残酷に。
若いころの私は、時間が“無限”だと本気で思っていた。 夜更かしも、失敗も、恋も、全部やり直せる気がしていた。
でも、ある日を境に、 時間が“限りあるもの”として、私の前に現れる。
「昨日できたこと」が今日できなくなる。
「また今度会おう」と言ったその人に、二度と会えなかった。
そういう出来事が増えていく。 時間は、確実にこの私から何かを奪っていく。
若さ。無鉄砲さ。無条件の体力。 夢を見られる力、そして失うことへの鈍感さまでも。
それは寂しく、痛みも伴う。 だけど私は、そこに確かな意味を見出すようになった。
時間が奪うのは、量。 でも、くれるのは、質だと思う。
あれもこれも手に入れたいと思っていた私に、 時間は「選ぶ勇気」を与えてくれた。
人に好かれたい、認められたい、 そう思っていた日々から、 「私が大切にしたいもの」だけを残す強さをくれた。
時間は、過去を丸くしてくれる。 あんなに悔しかったことも、 泣いた夜も、今では穏やかな良い思いになっている。
過去が愛おしくなるのは、 そこに後悔だけじゃなく、成長があるから。
そして、時間は未来を急がせなくなった。
「もっと早く」と焦る日々から、 「今ここにいよう」と思えるように。
変わらないと信じていた自分が、 静かに変わっていくことに、 ある種の“誇り”を持てるようになった。
今、私は思う。
時間は、私たちから奪っていく。 でも同時に、何にも代えがたい宝物を残している。
それは、 自分にとっての“本当の豊かさ”を知る力。 すれ違っても、失っても、 「今ここに在るもの」を慈しむ感性。
時間がくれるものは、静かで深く、
時間が奪うものは、切なくて確か。
そのどちらも抱えて、 私は、今日もまた生きていく。
Epilogue
時間に追われることが減るたびに、
自分の歩く速さでしか見えない景色があるとに気づかされる。
奪われるたびに、手の中に残るものは、 きっと本当に必要だったものだけとも思える。
今日という一日も、 そんな静かな確かさの中にあるのだと思う………