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LIFE ESSay 『声をかけた瞬間に、過去が崩れた』APR 14.2025-Mor.Monday

あれは、偶然だった。
でも、あの“偶然”に、ずっとどこかで期待していた自分がいた気もする。

駅のコンコース。
夕方のざわついた空気の中。
すれ違った横顔に、ふと視線が止まった。

懐かしい、というより
**「知っているはずの誰か」**という感覚だった。


名前を呼ぶには勇気が要った。
でも、呼ばなければ二度と会えない気がした。

私は、
少しためらってから、
その人の名を、小さな声で呼んだ。

「……ねえ」
それだけだった。


相手は振り返った。
驚いた顔をして、
でもすぐに、柔らかく笑った。

「わ、久しぶり……!」

その瞬間だった。
私の中に積み上げてきた“過去”が、音を立てて崩れていったのは。


きっと、私は「再会」をどこかで理想化していた。
時間が経って、傷が癒えて、
もっとちゃんと話せるかも、って思っていた。

だけど、現実は違った。

声をかけたことで、
自分がどれだけ過去にしがみついていたかを知ってしまった。


思い出は美しい。
でも、それは「そのまま」にしておいた時だけ。

触れた途端、
綺麗に折りたたんであった記憶は、
ぐしゃりと音を立てて形を変えた。


会話は当たり障りなく続いた。
近況とか、仕事のこととか。
お互いの変化を笑い合って、
まるで過去がなかったように話せた。

でも私は知っていた。
この会話は、過去を埋めるものじゃない。
むしろ──“過去との別れ”そのものなんだって。


帰り道、スマホにその人から「またね」と一言届いた。
それきり、何もない。

きっと、もう何も起こらない。
それでいいと思った。

だって私は、
“声をかけた”ことで、ちゃんと自分の過去を終わらせたのだから。


たった一言で、
人の関係は再開することもあれば、
きっぱりと幕を下ろすこともある。

でも、どちらも大切なんだと思う。
前に進むためには、静かな終わりが必要なこともあるから。


「声をかけてよかった?」
自分にそう問いかけてみた。

答えは、
少しだけ胸が痛むけれど、
こうだ。

「うん。呼べてよかった」