
朝、カーテンの隙間から静かに漏れる光が、
いつもより少しだけグレーがかっていた。
「今日は雨かぁ」
そんなひと言を、誰に聞かせるでもなく口にしたとき、なんだかやけに懐かしい気持ちになった。
私は、雨があまり好きじゃない。
髪が広がるし、靴も濡れるし、コンビニのビニール傘は大体すぐ壊れる。
それに、なんとなく気分が湿っぽくなるから。
でも──雨の音って、不思議と“心の奥”に触れてくる。
昔好きだった人が、やたらと天気予報に詳しかったこととか、父親が黙って傘を差し出してくれた夕方のこととか、
もう会えなくなった祖母が「雨音も風情よ」と言っていた声とか。
雨はね、記憶の扉を、そっとノックしてくるの。
普段は思い出さないようなことが、
ぽつりぽつりと浮かんでくる。
まるで、心の中の引き出しを勝手に開けてくるように。
でも、それがイヤじゃないんだ。
ちょっと泣きそうになっても、
「あぁ、私ってまだちゃんと誰かを覚えてるんだな」って、少しホッとしたりする。
テレビもスマホもない部屋で、雨音だけが流れてる午後なんて、案外悪くない。
なんかもう、心の掃除みたいで。
“忘れたくないけど、思い出すには勇気がいる人”って、誰にでもいるよね。
そんな人が、ふいに顔を出すのが、限って雨の日。傘を差しながら、ちょっとだけ空を見上げる。
そして、すぐ下を向いて、歩き出す。
それでいい。
今日は、そんな日でいい。
雨の降る日は、誰かを思い出す。
そして、思い出せる私は、まだやさしく生きてる…