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LIFE ESSay 29『雨の降る日は、誰かを思い出す』APR 01.2025-Mor.Tuesday

朝、カーテンの隙間から静かに漏れる光が、
いつもより少しだけグレーがかっていた。

「今日は雨かぁ」

そんなひと言を、誰に聞かせるでもなく口にしたとき、なんだかやけに懐かしい気持ちになった。



私は、雨があまり好きじゃない。



髪が広がるし、靴も濡れるし、コンビニのビニール傘は大体すぐ壊れる。



それに、なんとなく気分が湿っぽくなるから。
でも──雨の音って、不思議と“心の奥”に触れてくる。

昔好きだった人が、やたらと天気予報に詳しかったこととか、父親が黙って傘を差し出してくれた夕方のこととか、


もう会えなくなった祖母が「雨音も風情よ」と言っていた声とか。



雨はね、記憶の扉を、そっとノックしてくるの。

普段は思い出さないようなことが、
ぽつりぽつりと浮かんでくる。



まるで、心の中の引き出しを勝手に開けてくるように。



でも、それがイヤじゃないんだ。

ちょっと泣きそうになっても、



「あぁ、私ってまだちゃんと誰かを覚えてるんだな」って、少しホッとしたりする。



テレビもスマホもない部屋で、雨音だけが流れてる午後なんて、案外悪くない。



なんかもう、心の掃除みたいで。



“忘れたくないけど、思い出すには勇気がいる人”って、誰にでもいるよね。

そんな人が、ふいに顔を出すのが、限って雨の日。傘を差しながら、ちょっとだけ空を見上げる。


そして、すぐ下を向いて、歩き出す。

それでいい。



今日は、そんな日でいい。

雨の降る日は、誰かを思い出す。


そして、思い出せる私は、まだやさしく生きてる…