
犬と生きることは、大変じゃない。
そう言うと、意外に思われるかもしれない。
でも本当にそうだった。
決まった時間に散歩へ出ることも、
雨の日、寒い日、疲れている日でさえ、
あの瞳が「行こう」と誘うだけで、私は靴を履いた。
一緒に遊ぶことも、
本能を満たしてやることも、
「楽しい」というより、「幸せの交換」だった。
おもちゃを振り回して笑ったあのときの声、
耳が立ち、尻尾がぶんぶん動くたびに、
私は「生きてる」って感じた。
健康的ななごはんは勿論、予防接種、定期健診。
できる限り長く一緒にいるための準備も、
すべて「当然のこと」だった。
家じゅうに舞う毛も、服に忍び込む毛も、
むしろ「私たちが一緒にいた証」として微笑ましかった。
でも、自由を少し手放したかもしれない。
夜の外食、旅行、ふらっと寄る映画館。
でも、彼がいたからこそ、
“本当の自由”がなんなのか、知れた気がする。
何も、犠牲なんかじゃなかった。
…ただ、
ひとつだけ。
彼が、ゆっくりと老いていくことだけは、
どうしても、
どうしても慣れることができなかった。
かつて艶やかだった毛並みが、
少しずつ色を失い、ハリをなくしていく。
耳も遠くなり、足取りはゆっくりになった。
あれだけ大好きだったボールを、
いまでは「見送るだけ」になった彼を見ると、
胸が、ぎゅっと苦しくなる。
だけど──
彼はまだ、あの頃と同じ目で私を見ている。
ただただ「一緒にいたい」と願う、透明なまなざしで。
私にとって、彼は“人生の一部”かもしれない。
けれど、
彼にとって、私は“人生そのもの”だった。
あまりに短い一生を、
彼は、すべて私にくれた。
無償で….
無言で…..
無条件で….
だから私は、誓う。
最期のその日まで、
彼にとっての “すべて” であり続けると。
それが、彼への最大の恩返し。
それが、彼と私の、たった一つの約束。
エピローグ
愛とは、最後まで「側にいる」こと
犬の命は、短い。
でもその時間は、詰まっている。
何の見返りもなく、
ただこちらを信じて生きてくれる。
だからこそ、
その命に応えるのは「特別なこと」じゃない。
ただ最後まで、ちゃんと愛してあげること。
その愛が、きっと彼らにとっての「生きた世界の全部」になるのだから……