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PERSOna Essayist Special『恋が始まる“気配”を感じるとき』APR 30.2025-Nit.Wednesday

恋は、始まるとき、音を立てない。

ぱちん、と指を鳴らすようなわかりやすさはない。

それは、たとえば、
ふとした瞬間に目が合ったときの、
あの「少しだけ長いまばたき」。

あるいは、
名前を呼ばれたときに、
なぜか胸の奥が、ひゅっと縮こまる感じ。

それが、気配だ。



恋は「始まった」と誰にも宣言されない。
大げさな告白も、ラブソングも、まだない。
ただ、空気が、
ほんのわずか、
震えた気がするだけだ。

たとえば、
飲み物を手渡されたとき、
指先が少しだけふれた。
それだけで、世界がひと呼吸、長くなる。

たとえば、
何気ない言葉に、
妙に心が引っかかる。

「……え?」

たった一言に、何度も何度も、心が戻ってしまう。



恋は、光より先に、
温度でやってくるのかもしれない。

ほんのすこし、
ぬるんだ空気。
皮膚のすぐ下でざわめく、血の流れ。
自分でもコントロールできない鼓動。

「好き」なんて言葉になるずっと前に、
体が、
心が、
世界に微細な歪みを感じとってしまう。



でも、
それに気づくのは、
たいてい、ずっと後だ。

その人がいない街角を歩いているとき。
ふとしたタイミングでスマホを開いたとき。
コーヒーの匂いをかいだとき。

何もないのに、
ただただ、その人を思い出してしまう。

「ああ、あのとき……」

そう、あのときすでに、
恋は、始まっていたのだ。



気配を、
ちゃんと感じられる人間でいたいと思う。

大きな声で宣言されなくても、
小さなサインを見逃さずにいたい。

相手の言葉の端に、
まなざしの奥に、
そっと寄り添っている優しさやときめきを、
ちゃんと拾える人間でいたい。



恋は、気配で始まる。
まだ「恋」と呼ばれないうちに、
世界はそっと、静かに、色を変えていく。

音もなく、
静かに、静かに、
心の中心に降り積もっていくものだから。


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「言葉よりも先に、 肌が、心が、世界の変化を知っている。」
#恋の気配 #PERSOnaEssayistSpecial #感性の瞬間