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LIFE ESSay 『心の中に、秘密の“鍵”を持っている』APR 26.2025-Mor.Saturday

人は誰でも、ひとつくらい、誰にも言えない秘密を持っている。

それは恥ずかしい記憶かもしれないし、 胸を焦がした片想いかもしれないし、 誰にも気づかれなかった小さな夢かもしれない。

たとえ今は忘れていても、ふとした瞬間に蘇る。 風の匂い、夕焼けの色、古い曲のイントロ。

心の奥の引き出しには、そんな記憶が鍵をかけたまましまわれている。



小学生の頃、机の引き出しの奥にこっそりノートを隠していた。 そこには誰にも見せたことのない詩や、将来の夢や、 転校していったあの子への手紙なんかを書いていた。

誰かに見られたら恥ずかしくてたまらない。 でも、自分の中でだけは確かに存在していた“わたし”だった。

そのノートはもうないけれど、 その感覚はいまも胸の奥で、あの頃の自分をそっと守ってくれている気がする。



大人になると、日々の生活に追われて、 いつのまにか鍵の場所を忘れてしまう。

誰かの期待に応えるうちに、 社会のルールに馴染むうちに、 本当の自分の気持ちを置いてけぼりにしてしまうこともある。

でもある日、たとえば旅先のホテルで一人でいる夜とか、 何の気なしに開いた古本の一節にふれたときとか、

その鍵が、突然カチリと回る瞬間がある。



思い出すのだ。 忘れていたはずの自分が、ちゃんと生きていたこと。 泣いたこと、笑ったこと、誰にも話さなかった想いのかけらたち。

鍵が開いた先には、 誰にも見せていなかったけど、たしかに存在していた“わたし”がいる。



その“わたし”は、完璧じゃない。 少し不器用で、空気が読めなくて、 人に合わせられなくて、自分を責めたりもするけれど、

それでも、愛おしくて、大事なわたし。



鍵をかけていたのは、 たぶん傷つきたくなかったから。 でも、その鍵を開けてあげるのは、自分自身でしかできない。



今、誰かに話さなくてもいい。 ただ、自分の中に鍵があるってことだけ、 そっと思い出せたら、それで十分だと思う。

人は誰でも、秘密の“鍵”を持っている。 それがある限り、きっとどこかで、自分とまた出会える気がする。

Epilogue

鍵があるかぎり、わたしは、わたしをなくさないでいられる。

画像
人は皆心の中に、秘密の“鍵”を持っている………


それだけで、たぶん、だいじょうぶ。