
「ありがとう」って、なんか魔法みたいに言われることがあるじゃない?
“ありがとうを言えば、すべてが丸く収まる”みたいな。
でもさ、ぶっちゃけ、そんな都合よくいく?
うまくいかなかった恋とか、傷つけ合った関係とか。
そこに「ありがとう」って置いたって、片付かないものはある。
あたしは昔、ある人に振られたとき、最後にこう言われたの。
「でも、いろいろありがとう。楽しかったよ」って。
いやいやいやいや、待って?
それ、ほんとに言いたかった?
それ、言っとけば自分の中だけスッキリしません? って。
あたし、その一言で逆に涙止まんなくなったもん。
たぶん、「ありがとう」って言葉は、
言う側の“逃げ場所”にもなるし、
受け取る側にとっては、ナイフにもなる。
本当のありがとうってさ、
ちゃんと向き合ったあとにしか出てこないもんだと思うんだよね。
で、気づいたのよ。
自分が誰かに「ありがとう」って言ってる時、
その言葉をちゃんと“届けよう”としてるかどうか、それが一番大事なんじゃないかって。
自動返信みたいな「ありがと〜」じゃなくてさ、
言った後に、ちょっと胸がじわってするような、
あれよ、ちょっと黙って目を合わせちゃうくらいの“間”があるありがとう。
そういう「ありがとう」は、魔法じゃない。
でも、
その言葉がきっかけで、
ちょっと勇気が出たり、誰かとつながれたり、
沈黙が終わったりすることはある。
それって、
たぶん魔法以上に強いことかもしれない。
今のあたしは、無理に「ありがとう」って言わない。
でも、ちゃんと心で思えたときだけ、
ちゃんとその人の目を見て、言うようにしてる。
「ありがとう」って、きっと、そういう言葉なんだと思う。
エピローグ
ほんとに届く「ありがとう」は、
ちょっと照れくさくて、
ほんの少し、沈黙を連れてくる。
魔法じゃなくても、
その人の中に、ずっと残ってくれたら──
それが、たぶん一番いい。

その一言が人生のどこかを照らすことはある。
ちゃんと届いた「ありがとう」には、
魔法以上のちからがあるのかもしれない。