春の訪れを告げる三月の風が、ふたりの人生を交差させた。
玲子は50代、都内の広告代理店で長年働いてきたキャリアウーマン。過去に結婚歴があるが、仕事に没頭するうちに夫婦のすれ違いは深まり、静かに離婚を迎えた。
それから十年、彼女はもう恋などしないと決めていた。
一方、修一は52歳、地方の老舗旅館を継いだ経営者。
かつて東京で働いていたが、父の急逝を機に故郷へ戻り、旅館を守り続けている。
恋愛に対しては慎重で、「この歳になっての恋なんて面倒だ」とどこか達観していた。
そんな二人が偶然出会ったのは、友人の結婚式だった。
共通の知人のスピーチが終わった後、玲子は会場の片隅でグラスを片手に、ひと息ついていた。
そのとき、修一が「おひとりですか?」と控えめに声をかけた。
「ええ、久しぶりの結婚式だから、少し疲れちゃったわ」
「わかります。僕も正直、こういう場は苦手で……でも、あなたのような方がいるなら来てよかったかもしれない」
その言葉に、玲子は思わず笑った。
久しぶりに感じる、心の奥がふっと温かくなるような感覚。
二人はお互いの人生を少しずつ話しながら、気づけば長い時間を共有していた。
それから数日後、修一は「また話せませんか?」と玲子にメッセージを送った。
東京と地方、住む世界の違いを意識しながらも、ふたりは何度か会うようになった。
そして、修一の仕事で都内へ来た際に、玲子は彼を馴染みのワインバーへ連れて行った。
「もし、僕が東京に住んでいたら、こうしてあなたと会う機会はもっとあったのかな」
修一がそう呟いたとき、玲子は迷わず答えた。
「そんなことは関係ないわ。運命って、結局は自分で掴むものだから」
修一は微笑みながらグラスを傾け、静かに言った。
「じゃあ、僕はこの運命を掴んでみようかな」
大人の恋は、若い頃のような情熱とは違う。
でも、それは確かに、人生を温かくするものだった・・・