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LOVE Story Essay『ただいまの約束』第4章:「最後の約束」

1. 再びの「風待ち」

東京の冬は静かだ。

昨日までの興奮が嘘のように、街は穏やかな朝を迎えている。

しかし、藤村圭一の胸の内は、嵐のように荒れ狂っていた。

「私が会ったのは……美咲ではなかった?」

60年ぶりに再会したと思っていた女性は、亡くなったはずの美咲ではなく、彼女の妹・美月だった。

なぜ、美月は自分を美咲と偽ったのか?

その答えを知るために、圭一はもう一度喫茶店「風待ち」へと向かった。


店のドアを開けると、いつものようにコーヒーの香りが鼻をくすぐる。

しかし、奥の席に目を向けると――

そこには、誰もいなかった。

「美咲……いや、美月は……?」

カウンターにいた店員が、圭一の顔を見るなり、気まずそうに視線を逸らした。

「……昨日、会えなかったんですね。」

「美月さんは……どこに?」

「……それを、私が話していいのか……。」

店員は少し迷った様子を見せたが、覚悟を決めたように、奥から一通の手紙を取り出した。

「昨日、美月さんがここに来て、この手紙を預けていったんです。あなたが来たら渡してほしいって。」

圭一は、震える手で封筒を受け取った。

そこには、美咲の筆跡にそっくりな文字で、こう書かれていた。

「藤村圭一様へ」


2. 手紙に込められた真実

圭一は席に座り、ゆっくりと封を切った。

圭一さんへ
突然のことで驚かせてしまったでしょうね。
でも、これが私にできる最後のことだから、どうか許してください。あなたが私に会いたいと思ってくれていたこと、とても嬉しかった。
でも、本当のことを言えば――あなたが探していた美咲姉さんは、もうこの世にはいないの。
彼女は、あなたを待ち続けたまま、20年前に病で亡くなりました。それでも私は、あなたに会わなければならないと思った。
それは、姉さんの「最後の願い」だったから。「もし圭一さんが帰ってきたら、私の代わりに伝えてほしい。」
「ずっと待っていたことを、そして今も愛していることを。」だから、私はあなたの前で、美咲として振る舞った。
それが姉さんの願いを叶える唯一の方法だったから。でもね、私はもう限界だった。
あなたが私を「美咲」として見ている間、私の心は複雑だった。だって、私は……本当は、ずっと前から、あなたを愛していたのだから。でも、それを伝えることはできない。
私の愛よりも、姉さんの想いのほうが、ずっと重いものだから。だから、私はあなたの前から姿を消します。
どうか、姉さんのために、私のことも許してください。さようなら、圭一さん。
そして――ありがとう。

手紙を読み終えたとき、圭一の手が震えた。

涙が、静かに頬を伝う。

美咲は、もうこの世にいなかった。

だが、美月は、姉のために自分を偽り、圭一に最後の「愛の形」を残した。

そして、彼女自身もまた、圭一を愛していたのだ。


3. 最後の面影

圭一は、手紙を胸に抱いたまま、ふらふらと店を出た。

あてもなく歩き続け、気がつけば、昨日二人で歩いた桜並木に辿り着いていた。

静かな冬の風が吹き抜ける。

「美月……」

彼は、目を閉じた。

60年前、別れの駅で交わした「ただいま」の約束。

それは、彼女が叶えてくれた。

美月が、「美咲としての姿」で待っていてくれたのは、彼のためだった。

「ありがとう……そして、さようなら。」

圭一は、静かに呟いた。

そのとき――

ふと、風に乗って誰かの声が聞こえた気がした。

「……圭一さん。」

驚いて振り返る。

だが、そこには誰もいなかった。

まるで、彼を見守るように、桜の木が静かに枝を揺らしていた。


4. エピローグ:永遠の君へ

それから数年後――

春。

神田川沿いの桜が満開になる頃、喫茶店「風待ち」のカウンターには、一人の老人の姿があった。

藤村圭一、76歳。

毎年、この季節になると、彼は必ずここへ来る。

そして、決まって同じ席に座り、コーヒーを一杯頼むのだ。

「ブラックで。」

運ばれてきたカップを手に取り、湯気の向こうに微笑んだ。

「美咲……いや、美月。お前がいたら、何て言うだろうな。」

隣に誰もいないはずの席に向かって、圭一は静かに語りかける。

60年越しの「ただいまの約束」。

それは、美咲と美月、二人の女性が、最後まで守り続けてくれたものだった。

そして今――

圭一は、それを胸に抱いたまま、人生の最期の旅へ向かおうとしていた。

「そろそろ行くよ。」

カップの中のコーヒーを飲み干し、彼はそっと目を閉じた。

風が、優しく彼の頬を撫でる。

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満開の桜の下、川沿いのベンチに座り本を読む老人。静寂の中に漂う春の香りと、過去を振り返る穏やかな時間。移りゆく季節と人生の軌跡が交差する美しいひととき。

まるで、美咲と美月が「おかえりなさい」と囁いているように。

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