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LOVE Story Essay『ただいまの約束』第3章:「消えた面影」

1. 約束の朝

冬の朝。

藤村圭一は、ゆっくりと目を覚ました。

昨夜の余韻がまだ残っている。

「60年ぶりの再会」

それは夢のような出来事だった。

まさか、彼女が本当に待っていてくれたなんて。

(いや、本当に美咲だったのか……?)

微かな違和感が、彼の胸の奥にまだ燻っていた。

しかし、彼女は確かにそこにいた。

温かい笑顔も、柔らかな仕草も、昔と変わらない。

今日は、再び「風待ち」で彼女と会う約束をしている。

「もう二度と、約束を破るわけにはいかない。」

そう思いながら、圭一はゆっくりと身支度を整えた。


2. 喫茶店「風待ち」にて

午前10時。

駅前の喫茶店「風待ち」に着いた圭一は、店の奥の席に座り、美咲を待った。

注文したブラックコーヒーの湯気がゆらゆらと立ち上る。

(今日はどんな話をしようか。)

昨夜は再会の感動が大きすぎて、肝心なことを何も聞けなかった。

彼女は今、どんな生活をしているのか。
なぜ、今もこの街にいるのか。
あの手紙を本当に書いたのか。

「今日こそ、すべてを聞こう。」

しかし、待てども待てども、美咲は現れなかった。

時計の針が10時半を回る。

「……遅れているのか?」

美咲の性格を考えると、遅刻をするような人間ではなかった。

さらに30分が経ち、11時。

圭一は、落ち着かない気持ちを抑えながら、店の外へと出た。

「まさか、何かあったのか?」

不安が胸を締めつける。


3. 訪れたはずの家

彼は、昨日美咲と別れた桜並木へと向かった。

だが、そこに彼女の姿はなかった。

焦燥感に駆られた圭一は、昨日の会話を思い出す。

「今もこの街に住んでいるの?」

「ええ、ずっとね。」

「どこに?」

「神田川沿いの古いアパートよ。ずっと変わっていないわ。」

圭一は、その言葉を頼りに、昔、美咲が住んでいたアパートへと足を運んだ。

しかし――

そこには、まったく違う新しいビルが建っていた。

「あの……ここに昔、小さなアパートがあったと思うのですが……」

通りすがりの老婦人に声をかけると、彼女は少し驚いた表情で答えた。

「ああ、あの古いアパートなら、もう20年以上前に取り壊されましたよ。」

画像
古き良き日本家屋の街並みに立ち尽くす老人。その視線の先には無機質な高層ビル。かつての思い出と、変わりゆく時代の狭間で、人は何を思うのか。

「20年……?」

美咲は「ずっと住んでいる」と言っていた。

ならば、彼女は一体、どこに――?


4. 美咲の消息

不安に駆られた圭一は、もう一度「風待ち」に戻り、店の女性に尋ねた。

「昨日、一緒にいた女性のことですが……」

「ああ、美咲さんのことですか?」

「そうです。今日ここで待ち合わせをしていたのですが、まだ来ていなくて……。」

すると、店の女性は、妙に申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「お客さま……美咲さんって、どの美咲さんですか?」

「どの……?」

「美咲さんというお名前の方は、昔この店にいましたが……でも、ずっと前に亡くなられたんです。」

その言葉に、圭一の足元から、血の気が引いていくのを感じた。

「……亡くなった?」

「ええ……私がこの店に入る前の話ですが、ずっとここで働いていた女性で……。」

「……そんな……。」

圭一は、一歩後ずさる。

「でも、私は昨日、確かに美咲と会いました。」

「え?」

店の女性は、不思議そうに圭一を見つめた。

「それは、間違いありませんか?」

「間違いない。」

「……もしかして、その方は、美咲さんの……?」

女性は何かを言いかけて、口をつぐんだ。

「もし、何か知っているなら、教えてください。」

圭一の真剣な眼差しを見て、女性は小さく頷くと、店の奥から一枚の写真を持ってきた。

「これが、昔の美咲さんです。」

それは、確かに若い頃の美咲の写真だった。

だが、隣には――

見覚えのある、もう一人の女性が写っていた。

「……これは……?」

「美咲さんの妹さんです。」

圭一の目が、大きく見開かれた。


5. 揺らぐ記憶、消えた約束

「美咲には、妹がいた……?」

だが、彼の記憶にはない。

美咲は、たしか一人っ子だったはずだ。

圭一は、その写真をじっと見つめた。

「この妹さんの名前は?」

「……美月(みづき)さんです。」

美月――

「昨日会った女性は、美咲ではなく、美月……?」

だとすれば、彼女はなぜ、自分を美咲だと言ったのか?

そして、美咲の死を知っていたのなら、なぜ何も言わなかったのか?

混乱する頭を抱えながら、圭一はゆっくりと椅子に座り込んだ。

「私が会ったのは……一体、誰だったんだ?」

彼女は本当に、60年前に愛した美咲だったのか。

それとも――。

外では、静かに雪が降り始めていた。

(第4章へ続く)

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