東京駅のホームに、一両の特急列車が滑り込んできた。
静かな冬の午後、白く曇ったガラスの向こうに、肩を寄せ合う乗客たちの姿が映る。
ホームの片隅に、一人の男が立っていた。
藤村圭一、70歳。
人生の大半を海外で過ごした男が、今、半世紀ぶりにこの街へと戻ってきた。
彼の手には、一通の手紙が握られていた。
古びた封筒、薄くなったインク。
60年前のものだった。
「あなたが帰ってくると信じています。
いつか、またこの場所で会えますように。」
最後にこの手紙を受け取ったとき、彼はまだ20歳だった。
若さに身を任せ、夢を追い、遠く異国の地へ旅立った。
そして――彼女の元へ、一度も戻ることはなかった。
列車のドアが開く。
人々が次々と降りてくる中、圭一はゆっくりと歩き出した。
「果たして彼女は、まだこの街にいるのだろうか?」
60年の歳月は、残酷なほどに長い。
彼女がもうこの世にいない可能性もあった。
それでも、この手紙の言葉に導かれるように、彼は帰ってきたのだ。
喫茶店「風待ち」
東京駅の地下通路を抜けると、懐かしい場所にたどり着いた。
駅のすぐそばにある、小さな喫茶店。
「風待ち」――彼女が働いていた店だった。
扉を開けると、コーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐる。
だが、店内は様変わりしていた。
カウンターの奥には、彼女の姿はなかった。
代わりに、見知らぬ女性が微笑みながら迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
圭一は、少し戸惑いながらも席に着いた。
「この店……昔と変わりましたね。」
店主らしき女性が頷く。
「ええ、30年前に前のオーナーが引退して、新しく改装しました。でも、この店を覚えているなんて珍しいですね。」
「実は……昔、ここで働いていた女性を探しているんです。」
「昔の店主なら……」
「いや、店主ではなく、美咲という名前の女性です。」
女性は少し驚いた表情を見せた。
「美咲さん……? ああ、そういえば……」
圭一は息をのむ。
「知っているんですか?」
「いえ、私は直接会ったことはないんですが……お店の奥に古いノートが残っていて、そこに名前が書かれていた気がします。」
そう言って、女性は奥の棚から一冊のノートを取り出した。
ページをめくると、そこには走り書きのような字でこう綴られていた。
「藤村圭一――あなたは今、どこで何をしていますか?」
圭一の胸が締めつけられる。
彼女は、本当に待っていたのだろうか。
いや、待ち続けて、そして……。
「美咲は、今どこに?」
店主は首をかしげる。
「すみません、それ以上のことは分かりません。ただ、もしよろしければ、このノートをお貸しします。」
圭一は、そっとノートを手に取った。
桜並木の記憶
東京駅から歩いて15分。
川沿いの並木道。
そこは、二人がよく歩いた場所だった。
桜の季節になると、薄桃色の花びらが舞い落ち、まるで約束の証のようだった。
「ここに来れば、また会えるかもしれない。」
そんな気がして、圭一は足を運んだ。
ベンチに腰掛け、静かに空を見上げる。
――そのときだった。
向こう側から、一人の女性が歩いてくるのが見えた。
白髪をきれいにまとめ、穏やかな笑みを浮かべたその女性は、どこか懐かしい雰囲気を纏っていた。
そして、彼と視線が合うと、一瞬、時が止まった。
「……圭一さん?」
彼女の口から、その名前がこぼれた瞬間、彼は立ち上がった。
「……美咲?」
心臓の鼓動が、かすかに早まる。
彼女は、ゆっくりと微笑んだ。
「本当に……帰ってきたのね。」
――60年の時を超えて、約束の場所で、二人は再び出会った。
エンディング:次回への伏線
静かに手を握り合う二人。
しかし、圭一はまだ知らない。
この再会には、ある「秘密」が隠されていることを。
そして、それが明かされるとき――
彼の人生は、再び大きく揺らぐことになる。
(第2章へ続く)
ハッシュタグ:
#東京駅 #雪の情景 #ラブストーリー #約束の手紙 #旅立ちの瞬間 #ノスタルジック #日本の風景 #過去と現在 #冬の物語 #人生の別れ