プロローグ：鎧をまとい、歩む人生
人は何かを手にするたびに、何かを失う。そして、何かを守るために、見えない鎧を身にまとう。
それは成長という名の下で知らず知らずに重ねられる防具だ。子どもの頃には純粋だった心に、大人の言葉が一枚の鎧を載せる。「失敗してはいけない」「常識を守れ」。そうした鎧はいつしか、重ね着のように何層にも厚みを増していく。
いつか自分がどんな鎧を着ていたのか、その中身が誰だったのか、分からなくなる瞬間が来るとは思わなかった――。
第一章：最初の鎧とその意味
幼少期、何も怖いものなどなかった。泥んこ遊びをして服を汚しても、怒られるのは一瞬。翌日には笑顔で外に飛び出した。だが、「失敗をするな」という最初の鎧が与えられたのは、小学校のテストで名前を間違えたときだった。「ちゃんとしなさい」と言われた言葉に、自分の未熟さを恥じた。そうして、初めての鎧を身につけた。
その鎧は「恥を隠す」ためのもので、それが「頑張る」という言葉に変わっていく。「頑張りなさい」と誰かに言われるたび、その鎧は確固たるものになった。
第二章：積み重なる鎧たち
成長とは、無意識のうちに鎧を重ねることかもしれない。
10代では「期待される自分」を演じるための鎧が加わる。大学受験に合格し、名の通った企業に就職したとき、周囲は「よくやった」と拍手をくれた。しかしその瞬間、新たな鎧が付け加えられた。「期待を裏切るな」という名の重圧だ。
社会人になると、「仕事ができる人間」という鎧をさらに重ねる。「責任感」「効率性」「周囲との調和」。鎧は次々と強化され、その分だけ重くなっていく。
しかし、その鎧を外すことはいつしか「敗北」を意味するようになる。弱みを見せれば軽蔑される――そんな恐れが、さらに鎧を重ねる行為を助長していった。
第三章：重さに気づくとき
ある日、鏡を見てふと思った。
「これは本当に自分なのか？」
スーツに身を包み、完璧な笑顔を作り、時計を確認しながらスケジュールを調整する。全てが習慣のように繰り返される。だが、その姿には、10歳の頃の無邪気な自分、思春期に夢を語っていた自分の影が何処にも見当たらなかった。
鎧の下にいる「本当の自分」を探そうとしても、その存在すら思い出せない。鎧が重なりすぎて、内側にいる自分の輪郭が曖昧になっていたのだ。
第四章：鎧を脱ぐ勇気
人生の終盤に差し掛かったとき、人はようやく鎧の重さを実感するのかもしれない。
そして、その重さに耐えられず「外したい」と願う瞬間が訪れる。
鎧を脱ぐとはどういうことか。それは、完璧であろうとする自分を手放し、「弱い自分」や「失敗する自分」を受け入れることだ。しかし、その作業は簡単ではない。重ねた時間が長ければ長いほど、外すことへの恐怖が勝る。
ある日、年老いた自分を振り返り、こう思うだろう。
「私は何のためにこの鎧を着続けたのか？」
もしその答えが「誰かのため」ではなく「社会に合わせるため」だったとしたら、それはどれほど空しいことだろう。
結び：鎧を外して見る新しい景色
だが、鎧を外すことは可能だ。それは「自分を見つめ直す」という行為から始まる。鎧を一つずつ外していく作業は、人生の終盤だからこそ価値がある。
「人間は鎧を幾重にも重ね重ね、成長と言われる時を重ねていくが、最後に自分自身がわからないという悲劇もある」。この言葉は、人生の警鐘でもあり、希望でもある。
自分を取り戻すとは、子どもの頃に持っていた無邪気さや純粋さをもう一度見つけることだ。鎧の重さから解放されることで、人間はようやく「自分」を生き始めるのだ。
人生の終わりに「これは私だ」と胸を張れるように。私たちは今日、どの鎧を外すかを考えるべきなのだろう。
エピローグ：鎧を脱ぐ夜に
エッセイを書き終え、ふと静かな夜にため息をつく。
この話のどこかに、少しだけ自分自身が隠れている気がする。鎧という言葉を使いながら、果たして自分はどれだけの鎧をまとっているのだろうかと考えずにはいられない。
人は成長の証として、鎧を重ねる。それは生きるための知恵であり、強さの象徴だ。けれど、その重さに気づいたとき、あの頃の自分はどこにいるのかと問いかける瞬間がある。私にも、その問いかけは少なからず訪れる。
この歳になり、自分自身の鎧を脱ぐことがどれほど難しいか、痛いほどわかる。それでも、どこかで気づいているのだ。このままではいけないと。鎧を重ね続ければ、いつか本当の自分に手が届かなくなる瞬間がやってくる。その怖さと向き合いながらも、それでも今の私はまだ鎧を捨てきれずにいる。
私がこうして物語を書くのは、自分自身の鎧を少しずつ剥がす作業なのかもしれない。言葉を綴ることで、誰かの心に何かが届く。その過程で、ほんの少しでも自分の中の真実に触れられるなら、それはきっと価値のあることだと思えるのだ。
今夜、このあとがきを書きながら、私はそっと鎧の隙間に手を伸ばす。少しでも軽くなるように――いや、軽くなりたいと願いながら。
ため息ひとつ、そして静かにペンを置く。
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