
洗いたてのシャツを着ると、
なんだか世界とやり直せる気がする。
たぶん、そういうふうに仕立てられてるんやと思う。
白くて、ぴしっとしてて、
なにかに謝らんでもええような、
そんな気持ちになる。
昔、母と喧嘩したとき、
「言葉って、ほんまやっかいやな」って思った。
どうしてあんなこと言ってしもたんか、
どうしてあの時、黙っとかれへんかったんか、
わからん。
でも、その時の私は、
自分の心の奥で腐っていた何かを、
きっと吐き出したかったんやと思う。
それがどんなに人を傷つけるとしても。
それがどんなに「言ってはいけないこと」やったとしても。
それから何年も経って、
母と笑いながらご飯を食べたり、
天気の話をしたりしてる。
けど、ふとした瞬間、
あの時の言葉が、洗濯機から出てくる靴下みたいに、
ぽろっと心の底から出てくる。
洗濯しても、たぶん落ちてない。
気持ちも、記憶も、完全に真っ白にはならんのやなって、
思い知らされる。
けど、このシャツは白い。
きのう洗って、
乾いたばっかりで、
まだ少し太陽の匂いがして、
なんなら、ハンガーの跡がついたまんまや。
それを着て鏡の前に立つと、
「今日からや」と、少しだけ思える。
過去の会話は変えられへん。
あの時の私を、今の私が責めても仕方ない。
でも、今日、私は洗いたてのシャツを着た。
その事実が、なんか救いになる。
誰かと話すとき、
過去の言葉が背中にくっついてる気がする。
でも、シャツが新しいと、
ほんのちょっとだけ、自分も更新されたような気になる。
このあいだ、母に会ったとき、
「昔、めっちゃ酷いこと言うてごめんな」って、
ぽろっと言ってみた。
母は、なにそれ、って笑ってたけど、
そのあと急に黙って、
「お互いさまやな」って言った。
それだけで、
過去の一部が、少しだけ和らいだ気がした。
洗いたてのシャツは、
私の中にある「やり直したい気持ち」の象徴なんかもしれん。
毎日、新しい私にはなれんかもしれん。
でも、「少しずつマシな自分」にはなれる。
そう信じられる日は、
やっぱりシャツを白くしておきたいと思う。