
「おめでとうございます。あなたの労働義務は解除されました。」
電子音声がそう告げた瞬間、俺は理解した。
もう、働かなくても生きていける。
数年前、日本政府は「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」を正式導入した。
すべての国民に、最低限の生活費が毎月支給される。
仕事を辞めても、家賃が払える。
働かなくても、食事に困らない。
医療も無料で受けられる。
誰もが「労働の呪縛」から解放された。
……はずだった。
最初は、人々は自由を謳歌した。
朝の通勤ラッシュは消え、満員電車も過去のものとなった。
カフェは昼間から賑わい、趣味を楽しむ人々が街にあふれた。
しかし、3ヶ月後——
SNSには、こんな投稿が増え始めた。
「毎日が同じことの繰り返しで、何も楽しくない。」
「仕事がなくなったら、人と会話することもなくなった。」
「俺は、何のために生きているんだろう?」
「UBIのある社会では、もう努力する必要はない。」
そう信じていた。だが、それは幻想だった。「政府はUBI受給者の行動を監視しています。」
AIニュースアナウンサーが冷静に伝える。「あなたの社会貢献度が一定値を下回った場合、支給額を減額します。」
政府はUBI受給者の行動データを完全に監視していた。
外出履歴、ネットの検索履歴、消費活動、健康状態。すべてが記録され、スコア化される。
そして、ある発表がなされた。
「社会貢献度が著しく低い者は、支給停止の対象となります。」政府は言う。「社会に貢献しない者に、価値はない。」
「働かなくても生きていける」は、ただの建前だった。何もしない人間は、ただの「負担」として扱われる。やがて、社会は明確に分断された。
上位1%の「エリート層」
AIを操り、資本と権力を独占する者たち。
下位99%の「UBI受給者」
ただ生存を許されるだけの者たち。
そして、政府は次の段階へ進む。
「社会貢献度が一定値を下回った者は、特別居住区へ移動してもらいます。」
そうして、一部のUBI受給者が「消えた」。
誰もその行方を知らない。
誰もそれを疑問に思わなくなった。
人類は「働かなくても生きていける世界」を手に入れた。だが、それは「生きる価値を問われる世界」でもあった。
「働くことは、本当に呪いだったのか?」
それとも、「人間にとって不可欠なもの」だったのか?
俺は問い続ける。
「人間にとって、本当の自由とは何なのか?」
近未来社会のリアル
この物語は「もし、すべての人間が労働から解放されたら?」という未来予測である。
仕事をしなくても生きていける社会。
AIがすべてを管理し、人間はただ生きるだけの存在となる社会。
「価値のない人間」は、次第に消されていくディストピア。
現実世界でも、AIによる労働の自動化は加速している。
ベーシックインカム(UBI)の議論も、各国で進められている。
今はまだ「社会実験」にすぎない。
だが、もしこれが「制度」として定着したら?
あなたは、何のために生きるのか?
あなたの価値は、誰が決めるのか?
その答えが問われる時代が、もうすぐそこまで来ているとしたら——。