地方都市の静かな朝。通りに広がる湿った空気の中、町の総合病院にはゆったりとした日常が流れていた。白衣をまとったMomoは、診察室に向かう途中、窓越しに広がる薄曇りの景色を眺めながら、次の患者のカルテを軽く確認していた。
「次の患者さんは……片桐陽一さん、70歳。ライター……ライター？」
カルテに書かれた職業に目を留め、Momoの好奇心が掻き立てられた。
Momoにとってフリーランスの医者として働く日々は、忙しいが刺激的だった。この町の病院には週1回、定期的に訪問しており、毎回新たな出会いが待っていた。しかし、ライターという患者は初めてだ。
診察室に入ってきたのは、シンプルなスーツを着こなし、年齢より若々しく見える男性だった。片桐陽一。彼の顔には長年の経験が刻み込まれているが、瞳にはどこか少年のような好奇心が宿っている。
「どうぞお座りください、片桐さん。」
Momoが笑顔で促すと、陽一はゆっくりと椅子に座り、静かに挨拶をした。
「先生、初めまして。いや、失礼。今日は時間通りですね。」
「初対面なのに、何か遅刻しそうな印象を与えてしまいました？」
Momoが少し冗談交じりに返すと、陽一は穏やかに微笑んだ。
「いえいえ、先生は効率が良さそうに見えるのでつい。実は私、こう見えて観察が趣味なんです。」
診察が始まり、Momoは彼の健康状態を確認しながら、陽一の話に耳を傾けた。陽一の声には言葉の一つ一つを丁寧に選ぶような独特のリズムがあり、Momoはすぐにその魅力に気付いた。
「ライターというのは面白いですね。具体的にはどんな記事を書いているんですか？」
「最近は、人の心の動きを探るようなエッセイが中心ですね。人々が言葉に込める力、そういったものを考えるのが好きでね。」
「言葉に力……面白いテーマですね。私も時々思うんです。医者として患者さんに接するとき、使う言葉一つで相手の気持ちが変わることがあると。」
二人の会話は次第に深まり、診察室の空間はまるでカフェのような雰囲気に変わっていった。陽一が次に口にした言葉は、Momoの心に強く響いた。
「言葉には形はないが、時には剣よりも鋭い。逆に、何かを癒す力もある。それをどう使うかは、言葉を扱う者の責任だ。」
「まるで、言葉を錬金する魔法使いみたいですね。」
Momoはそう言って軽く笑ったが、陽一は真剣な表情を崩さなかった。
「そうかもしれない。いや、むしろ君もそうだろう。医者として、患者に安心や希望を与える言葉を紡ぐのも一つの魔法だよ。」
診察が終わり、陽一が診察室を出る前に立ち止まり振り返った。
「先生、また2ヶ月後に会えるかな？」
「もちろんです。元気でいてくださいね。」
「ではその時まで、何か面白い『言葉』を持ってきますよ。」
その言葉がMomoの心に深く残った。言葉の力。彼女自身も、これまでその重みを深く考えたことはなかった。しかし、陽一との出会いが彼女の中に新たな視点を生み出したのだ。
エピローグ
その後もMomoは陽一と診察室での会話を続け、二人の間にはいつしか独特な「言葉」を中心とした交流が生まれる。次第に、二人はただの医師と患者の関係を超え、「言葉の旅」を共有する仲間となっていくのだった。
—第1話 完—
この物語は、人と人を繋ぐ「言葉」というテーマを中心に、ファンタジーの要素を加えて展開していきます。次回の第2話では、陽一が持ってくる「不思議な言葉」が二人の関係を新たなステージへと導きます。
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