
恋が終わった、というより、 恋のまま、時間に置いていかれた感じだった。
そういうの、きっとある。
終わったことにする勇気もなく、
ずっと片隅でくすぶって、
煙だけあげてるような恋。
私はその恋を、部屋の隅に置いたまま、 新しい誰かと付き合ったり、 髪型を変えたりしていた。
だけど、帰ってくると、 やっぱりそこにあって、 黙って見ている。 私のことを、責めるでもなく、 期待するでもなく。
ただ、じっとしていた。
大学時代の恋だった。 彼は、特別イケメンでも優しくもなかったけど、 一緒にいると妙に気持ちが落ち着いた。
外食しても、無言でも平気だったし、 寝落ちしたときに、靴下脱がせてくれるような人だった。
要するに、“生活になじむタイプの男”だった。
だけど、いつからか私は、 もっと刺激が欲しくなった。
「一緒にいるだけじゃ、満たされない」 そんな気持ちを、ちゃんと口に出せずに、 少しずつ、距離をあけた。
彼も何も言わなかった。 たぶん、気づいていたのに。
ある日突然、連絡を断ったのは私だった。 未読スルーして、ブロックして、 そのまま。
それから数年。
私はいくつかの恋をして、 何度か泣いて、 今は、まあまあ普通の生活をしてる。
だけど、 部屋の隅に置いたままの、
あの恋だけは、 いまだに片づけられないまま。

クローゼットの奥、 引っ越しのたびに見つかる彼のTシャツ。
いっそ捨てればいいのに、 なぜか捨てられない。
そこに“罪悪感”があるわけでもない。 ただ、“未了感”が、ずっと居座っている。
この前、ふとスマホを整理していたら、 彼とのチャット履歴が復元された。
最後のメッセージは、 「気をつけて帰ってね」だった。
あまりに普通すぎて、 それが胸に刺さった。
私は、彼に何も言わなかった。
ちゃんと「ありがとう」とか、 「さよなら」とか、 「好きだった」とか、
そういう基本の言葉を、 ひとつも置いてこなかった。
だから、あの恋は、 今も部屋の隅で、 中途半端に座ってるんだと思う。
いつか、本当に“掃除”できる日がくるのかな。 それとも、誰かと暮らすようになったら、 自然に消えてくれるのだろうか。
わからない。
でも、今は、 「ごめん」と「ありがとう」を、 心のなかで何度も繰り返している。
聞こえていないのはわかってる。 だけど、そうするしか、できない。
(了)