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LIFE ESSay 『誰にも知られずに生きていくこと』APR 19.2025-Mor.Saturday

人に見られたい、認められたい。そう思って生きてきた。

誰かの目に映ることで、自分の存在が確かめられる気がして。 肩書きや成果や評判に、自分の価値を預けていたような日々。

でも、ある日ふと、そんな気持ちがすとんと消えた。



あれは、仕事が一段落して、ぽっかりと時間が空いた時期だった。 毎日が静かで、予定もなくて、誰からも連絡がこない。

最初は不安だった。「このまま忘れられてしまうのかな」って。

だけど、朝の光で目覚めて、ひとりでコーヒーを淹れて、 部屋の窓を開けたときの風が、 不思議なくらい心にしみた。

ああ、こういう時間の中にこそ、 ほんとうの“自分だけの輪郭”があるのかもしれない。



誰にも知られなくても、私はここにいる。 誰にも褒められなくても、今日をちゃんと生きている。

誰かの記憶に残らなくても、 いま私が見ている空や、道端の花や、さっき笑った猫の顔は、 まぎれもなく「わたしの人生」の一部。



静かに存在すること。 目立たずに、気づかれずに、でも確かにそこにいるということ。

それは、消えていくことじゃない。 むしろ、世界と対等になるということかもしれない。



今の私は、誰かに説明できるような生き方はしていない。 でも、その曖昧さの中で、 心がやっと呼吸しているような気がしている。

誰にも知られずに生きることは、 さみしさではなく、静かな自由なのかもしれない。

そしてそれは、時にいちばん強く、美しい生き方にもなりうる。