
「まだ恋なんてすると思わなかった」
その言葉が、ふと口をついて出たとき、自分でも驚いた。
50代。いろんなことを通り過ぎたと思っていた。 愛も、別れも、後悔も、再出発も。
そんな中、ある日、ぽんとスマホに届いた一通のLINE。 送り主は、かつての同僚。 「久しぶり。元気にしてる?」
それだけの短い文章だった。 でも、なぜだか胸がきゅっとした。
彼の名前を見たのは、十数年ぶりだった。
当時のやりとりをさかのぼっていくと、 お互いの生活や感情の機微が、行間からよみがえる。
付き合っていたわけではない。けれど、確かに“何か”はあった。
「あの頃は、ちょっと無理してたよね」
「あなたの笑い方、昔と変わってないね」
やりとりを重ねるうちに、 思いがけず、心の扉のノブが少しずつ回っていく。
50代という年齢は、どこか“完成された存在”のように扱われる。
「もう落ち着いてるはず」「揺れたりしないはず」――そんな期待の中で、 ほんとうは、誰よりも不安だったり、寂しかったりもする。
恋をすること、誰かを想うこと。
それが若者の特権であるように扱われがちなこの世界で、
50代の愛は、どこか”恥ずかしいもの”のように見なされてしまう。
でも、愛の始まりに年齢は関係ない。
いや、むしろ、50代の恋は静かで、深くて、 少しのやりとりが何倍もの意味を持つ。
「LINEで心が動くなんて」 そう笑いながら、夜がふけるのを惜しむようにやりとりを続けた。
その関係が恋に発展するのか、 それとも思い出の更新に過ぎないのか、 それはまだ、わからない。
でも、ひとつ言えるのは、 50代になっても、 誰かを想い、誰かに想われるという奇跡は、 確かに存在するということ。
それは、大きな炎ではなく、 手のひらで静かに灯り続けるロウソクのような、 やさしい光。
そしてその灯りは、 長い人生の道の途中で、
「まだ続きがあるよ」とそっと教えてくれる。
50代、愛と…――あるLINEから始まった。
その一行から、わたしの時間が少しずつ動き出した。
Epilogue
まだ恋と呼ぶには、少し照れくさい。
でもこのやりとりが、心のどこかを確かに温めている。 ゆっくりでいい。