Home

歳を重ねた兄弟:師走に送る何気ない手紙のやり取り

“フランスからの便り”
師走の風が窓のカーテンを揺らし、冷たい光が部屋に差し込んだ。外には冬の湘南らしい静けさが広がっている。暮れゆく年の慌ただしさの中で、遠く離れた家族の顔がふと心に浮かぶ――そんな瞬間が誰にでもあるものだ。

兄、大介からの手紙が届いたのは、先週のことだった。「悟朗、お元気ですか?」という始まりが、まるで昔の話を切り出すように温かかった。フランスで暮らす兄からの便りはいつもシンプルだが、そこには長い年月を超えた深い思いが詰まっている。


師走の風が運ぶ記憶

「最近、入れ歯が割れてしまってね。お粥ばかり食べていたけれど、無事に直ったよ。」
フランスから届いた大介の手紙には、いつものように彼らしいユーモアが詰まっていた。どんな困難も笑い話に変えてしまうのが、彼の生き方だった。

私たち5人兄妹は、それぞれ違う道を歩んできた。それでも、何か目に見えない絆の糸が、今も私たちをつないでいる気がする。特に長男の大介――彼はその象徴のような存在だった。

「私たちも、とうとう父の年齢を超えたね。」
手紙に書かれたその言葉が心に響いた。確かに私たちはあの日の父の年齢を超え、さらにその先を生きている。人生はあっという間に過ぎていく。それでも、生きていること、手紙を通じて兄とつながっていることに、心から感謝したいと思った。


「食べること、生きること」

大介は若い頃、誰よりも自由奔放だった。大学卒業後に国内のフランス料理店で修業を積んだかと思えば、突然フランスへと渡り、そのまま異国の地に根を下ろしてしまった。彼は、50年という途方もない時間をフランス料理に捧げ、ついには「ショレー」という小さな町で、自分のホテルを購入したのだった。

「料理は国籍じゃない。魂だ。」
大介はよくそう言っていた。フランスの名だたるシェフたちに認められ、やがて日本人として初めて「ミシュランの1つ星」を獲得した――それはまさにフランス料理界における革命だった。

「外国人が星を取るなんてあり得ない」
そんな言葉が当時のフランスには渦巻いていたが、大介は黙々と鍋に向かい、フランスの伝統を尊重しつつ、日本人らしい繊細さと情熱で新たな料理の形を生み出した。その姿は、単なる料理人ではなく、一人の芸術家のようだった。

「料理をしているとき、人はただの動物じゃなくなるんだ。」
そう語る兄の言葉が、今でも鮮明に耳に残っている。


「心に触れる瞬間と、今を生きる意味」

最近は、どんな些細なことにも心が揺さぶられ、涙が自然と頬を伝うことが増えた。映画やドラマ、日常のふとした光景、流れる音楽――目に映るもの、耳に届くものすべてが私の心の奥深くへと届き、その感触が涙となって溢れ出す。

かつての日々は、ただ通り過ぎていくような時間の流れだったのかもしれない。しかし今、こうして日常の一瞬一瞬に感動する自分がいることに驚き、そして心から感謝している。生きていること、活かされていること――その実感が、穏やかに湧き上がる幸福感となり、何物にも代えがたい心の豊かさをもたらしてくれる。

振り返れば、私は一度立ち止まり、過去を見つめ直しながら、今を丁寧に生きることを選んだ。去年の12月18日、茅ヶ崎を離れ、大磯へと移り住んだ。冬の大磯の風は冷たいが、どこか心を包み込むような優しさがある。窓辺に置いたヴィンテージのタイプライターを前に、私は一つひとつの言葉を紡ぐ――まるで静かな波のように、穏やかで確かなリズムで。

「最近どうしている?」
フランスから届いた兄の手紙には、そんな問いかけがあった。私はこう答えたい。

「今の私は、シンプルに生きているよ。」

食べること、書くこと、眠ること――それだけだが、その一つひとつが深く意味を持ち、日常が美しいものへと変わっていくのだと気づいた。穏やかな光の中で目を覚まし、食事の香りを楽しみ、静かな時間に手紙を書く――その瞬間こそが、私にとっての確かな「生きている」実感なのだ。

こうして心が静かに震える瞬間、私は「今」という時間がこれ以上ないほどに尊く、かけがえのないものであることを思い知る。そして、この小さな日常こそが、人生の中で最も美しい風景だと感じている。

静かに吹く師走の風は、過去の記憶と今を繋ぎ、私の想いを遠くフランスの兄へと運んでいく。

「ありがとう。」

たった一言の中に、今を生きる感謝と、日々に感じる幸せが込められている。手紙を綴るこの時間が、私の中の何かを満たし続けている――静かに、そして確かに。


姉弟の絆と新しい年

手紙の最後に、私は自然とこう綴った。

「ムッシュ大介、ありがとう。」

この言葉は短いけれど、今の私の気持ちをすべて表している。異国の地で革命を成し遂げた兄がいること、そして今もなお手紙を通じてお互いを気遣うこと――それこそが、私たち兄妹の確かな絆だ。

窓の外には、師走の風がまだ吹き続けている。その風は、きっとフランスのショレーにも届いているだろう。

「どうか健康には気をつけて、元気でいてください。」
大介と、彼のパートナーであるドミニックに、心からの祈りを込めて、新しい年の幸せを願う。


エピローグ

師走の風が運ぶ兄への手紙――それは、私たち兄妹が歳を重ねても変わらない「絆」の証だ。遠く離れた地でも、大介の生きる姿は私たちに勇気を与え、私自身もまた、静かに今を生きることの大切さを教えてくれる。

来年も、再来年も、きっとこの手紙は続いていく。

「ありがとう、ドミニック!」

新しい年が、兄のいるフランスにも、私のいる大磯にも、穏やかに訪れますように。


ハッシュタグ案

#兄妹の絆 #師走の手紙 #フランスの風景 #大磯の日常 #料理と人生 #ミシュラン一つ星 #食べること生きること #湘南の冬 #手紙の温もり #ノスタルジックな光景 #平和なひととき